Pascal Pinon
派双子姉妹インディーバンド
6月の最終日, 舞台はある閉鎖された”Faktory”、コンサート会場であるの舞台裏で実力派双子姉妹インディーバンド”Pascal Pinon”にインタビューする機会を得た。 その日の夜、彼女達はバンド、”Seabear” と満員の聴衆の前でプレイすることになる。我々は舞台裏,”のろーっと”した雰囲気の部屋のボロボロになったソファーに落ち着いた。 インタビューが始まる前、部屋を見渡しているとこの部屋の壁がどれだけの数のアイスランド人アーティストの歴史を見てきたのだろうかと思いを巡らせずにはいられなかった。
──最初の質問 : どうして音楽を始めたの?
Jófríður: 小さい頃、私たち2人で”ガレージバンド”っていうプログラムで音楽を書き始めて、それで“Us and the Computer”て名前でCDを2枚半作ったのがきっかけ。
Ásthildur: うん、それでその後”グレイトヒッツ”アルバムも作ったの。
──作ったCDは販売された?
Ásthildur: ううん、実際、販売はしないでお父さんにクリスマスプレゼントにあげてただけ。
Jófríður: でもお母さんがCDをこっそり持ち出してラジオ局で働いてる彼女の友達渡しててそれがきっかけで私たちの曲が数曲公共ラジオで流れたの。
──ここでインタビューを中断する出来事が。彼女達の父親(彼女達のレコーディングエンジニアでもある)が何か食べるものがあるかどうか知りたかったらしく「とにかく私は何か食べ物を探しに抜けるよ、君達も何か欲しかったら一緒に来な。」‥‥‥‥
Ásthildur: えっと何の話だったっけ?‥‥ うーん‥‥そう、私たちのバンドのことを誰にも知られてないのに”グレイトヒッツ”アルバムを出して、それでどうして音楽をはじめたのかっていうあなたの質問への答えは、学校の子達に私たちのバンドに入らないかって誘ったたんだけどほとんどの子達はあまり興味を持ってくれなかったんだけど、その時に “Us and the Computer” が”Pascal Pinon”に変わったの。
Jófríður: うん、楽器屋って子はたくさんいたんだけど自分たちで音楽を作るってことはしたくなかったみたい。
Ásthildur: でもある2人の友達がやる気になってくれてそれを機に”Pascal Pinon”を結成したの。最初の年は本当に上手くいったわ。私たちは、汚いバーとかコンサート会場で演奏をしている14、5才の女の子達だったの。
Jófríður: 皆、変だと思ってたと思う。だって小さい女の子達がすっごく”カワイイ”曲を演奏してるんだもん、でも今振り返ってみるとまあまあな曲だったと思うけど。
Ásthildur: 過度に“カワイイ”だった。
私たちってすごく速く成長して、今は大人になったけど、皆はまだ私たちの幼かった頃のイメージを持ってるから。
Jófríður: うん、そういうイメージ持たれるのって本当に面白いと思うの、分かる??。なぜかって言うと私たちってすごく速く成長して、今は大人になったけど、皆はまだ私たちの幼かった頃のイメージを持ってるから。”ああ、Pascal Pinonってあの可愛い猫ちゃんインディーバンドでしょって。” だから私たちが今やってる音楽ってある程度ソフトだけど、何年かの活動を経てもやっぱり根底にずっと小さい時の”カワイイ”イメージを持たれ続けるっていうのは面白い。
──特定のアーティストから影響やインスピレーションを受けたりした?
Ásthildur: いつも思ってるんだけど、この類いの質問って答えるのが難しいと思う。 だって人ってどんなことをしててもそれに影響されるでしょ。
Jófríður: 私たちは小さい頃から父にコンサートに連れて行ってもらっていて、そのときから既に音楽を演奏するのはすごくクールだと思っていて、実際やっていてそうだし。 だから自分たちが音楽を初めた頃から自分たちのバンドを持つことはかっこいいっていうバンドに対する考えはずっと変わらないわ。そういう経緯でアイスランドのミュージックシーンからの影響も私たちの音楽の大きな要素だし、もちろん当時私たちの聞いていた音楽、例えば”Elliot Smith”, “Björk”, “Animal Collective”, “Tegan and Sarah”からの影響もあるかな。
──Tegan and Sarahとはいくつか共通点があると思うんだけど、自分達にとって彼女達は模範的だと思う?
Jófríður: うんそうだと思う。彼女達はいつもアコースティックセットで演奏してたんだけど、一番最近のアルバムはあまり好きじゃないかも。
Ásthildur: 私にとってはBjörk が一番のお手本。彼女は今でも昔私が彼女のアルバムを聴き始めた頃と変わらない。
Jófríður: 私達みたいな女の子はミュージックシーンにおいて、女性の強いお手本になる人物が必要だと思うの、何故かって言うとそういう人ってなかなかいないから。 だからBjörk のような人が身近にいることは本当に大切だったの。

──こんなに若いにも関わらず、2枚のフルアルバム〈”Pascal Pinon ”(2009)と ”Twosomeness ”(2013)〉をリリースした君達だけど、2人にとってこの2枚アルバムの一番大きな違いは何?
Jófríður: たくさんあるけど、Twosomenessは作曲や録音にかけた時間が圧倒的に多かった、Pascal Pinon の方はミックスもマスターテープを作るのも全部自分たちで(父の助けを借りて)やったけど、Twosomenessはプロデューサーと制作したの。Alex (Jónsi,Parachutes)っていうんだけど彼がいて本当に助かった。Pascal Pinonは本当に早いペースで制作が進んで、まあ当時作曲した曲を録音していただけだから。Twosomenessの方が時間がかかったのは、アルバムの仕上がりについて元々強いフィーリングがあってそれに近づけたかったから。
──2つのアルバムの歌詞の違いについて、色々な言葉で書かれているみたいだけど、どの言語を使って書くかはどうやって決めたの?
Jófríður: 私が歌詞をほとんど書いているんだけど、主に自分の考えていることや、日常の詩が多いわ。皆が自分と結びつけて共感できるようなフレーズの入った詩を書くのが好きなの。 すべてのフレーズや曲全体がそうである必要は無いんだけど、ただ何か自分と繋がるもの、新しい観点を手に入れられたらいいと思う。歌詞を書くのはとっても楽しい遊びの形式だと思う。
本当に正直言ってほかの言語で作曲するときの違いは分からない、なんとなく歌詞がぱっと思い浮かぶときたまたまほかの言語よりしっくりとくる言語があるの。 今回のニューアルバムでは曲はほぼすべて英語で書かれているんだけど、それは多分 Alex が関係しているのかも、彼はアイスランド語が分からないから。Twosomenessでは”Fernando”っていう1曲を除いてすべて私達が作曲で、その1曲だけは私たちの友達のスウェーデン人の友達に頼んで書いてもらった。 彼女、サッカー選手フェルナンド・トーレスへの愛の詩を書いてくれて、それもとっても情緒的なの。
──Alexとのコラボレーションはどうだった?
Jófríður: すごく楽しかった。彼っていつもとてもポジティブでいろいろな面で独創的だと思う。彼とコラボする前は ”これはこういうものなんだ” とか ”これを録音しないと”とか何かもっと計画志向だったんだけど、彼曰くそんなルールなんていないし、いろいろなことを試して自分たちで色々好きなだけ変えていいんだって。 彼は私達の注意を逸らしたりせずに私達から使える新しいアイディアを引き出そうとしてくれる。
Ásthildur: ポジティブな人たちと一緒にいるのってすごく楽しい。 彼らって輝いていて彼らから出てる”プラスの気”を振りまいてくれてるから。だからいつも私も彼らといると普段よりポジティブでいられる。
Alexはニューアルバムのサウンドスケープにも大きく関わっているわ、例えばミクッスはすべて彼の担当で彼の楽器も私達に貸してくれた。 それにすごい新技術を取り入れてくれたの。例えば物凄く高いマイクを使ってDAWソフトウェアに全てを録音して、小さなテープレコーダーにその音を録音してそれをまたDAWソフトウェアに録音する、こうするとアナログの雑音が入った音になるの。
Jófríður: もう一つ彼の独創性の例を挙げると、ある日Ásthildurがピアノで何か弾いてたら、突然Alexが椅子から立ち上がって彼女が何を弾いていたか尋ねたの。 その後その日は1日中そこから生まれた新しい曲の作曲とレコーディング。
Ásthildur: ははっ(笑)、あれはリストのエチュードだった。 彼は曲の冒頭しか聞きたがらなかったから変だなって思ったんだけど。
──ここで再びインタビューが中断される。今回はアイスランド人のドラマーMaggi(ちなみに彼はアイスランドでは飛び抜けて一番人気のドラマーで、最近、彼自身一時期は30以上ものプロジェクトに携わっていたと言っていた。) がドラムスティックを片手にサウンドチェックに向かう途中に挨拶に来てくれた。 Maggiが去った後、彼女達は下半期の多忙ぶりについて語ってくれた。
Jófríður: この6ヶ月は本当に気が狂うほど忙しかった。 息する暇もないくらい本当に。Pascal Pinonだけじゃなくて Samarisの活動、大学の卒業、古典音楽学校の勉強も終わらせないといけなかった。 卒業の後 Pascal Pinon でアイスランド中を楽しくツアーして回って、今ここにいる。
Ásthildur: 今年だけで6回も海外に行ったの、ほぼ月に1回のペースで、ツアーと興味のあったオランダの音楽学校の入学手続きの関係でだけど。
──世界中、色々な国をツアーで回ったみたいだけど、例えば日本はどうだった?
Jófríður: とっても楽しかったんだけど同時にすっごく忙しかった。 予定がぎっちりでずっと長時間の車移動がずっとだった。
Ásthildur: 約12日間の滞在で10個仕事の契約が入ってた。例えば名前を挙げると神戸に奈良、京都、いろいろなところへ旅行できて本当に楽しかったわ。あまりじっくり見て回れないこともあったけど。
Jófríður: うん、奈良で鹿とふれあえたのは素晴らしい経験だった。
──日本の人たちはどうだった?
Jófríður: 私たちが主にプレイしたのは小さな会場が多くて入場料金が比較的高いところが多かったんだけど、チケットはいつも売れ切れだった。(これは私たちの公演を手伝ってくれた日本の人たちがどれだけ計画性に優れているかっていうのを示すいい例よね。)
グッズ類も、ものすごいたくさん売れたの。
私たちのショーがこんなに念入りに計画されていたと知ったときはちょっと驚いたわ。
それと日本には私たちがあまり馴染みのない文化的側面があると思う。 例えば、これはコンサートがあるときはいつも2、3時間前に会場で待機するように言われてそこから出られないの。それでツアーマネージャーの人たちは私たちが常にどこにいないと分かってないといけないから彼らの緊張が伝わってきたわ。
観客は素晴らしかったわ、静かに座って演奏を聴いてくれた。─アイスランド人もコンサートに行くときは参考にした方がいいかもね。
──今回の旅で一番思い出に残っていることは?
Ásthildur: カラオケと回転寿司と豆腐!
Jófríður: カワイイ - 私たちのやったことはどうであれ、カワイイだったかな。
──将来の展望は?
Jófríður: 音楽学校に入って勉強する。
Ásthildur: アイスランド大学でプログラミングを勉強する予定なの、そして8月にはヨーロッパでちょっぴりツアーする予定よ。
──もし君たちが日本人で観光客としてアイスランドに一週間来たとしたら、何をする?
Ásthildur: 毎日アイスクリームを食べて”Landmannalaugar”に行く。それでそこの雰囲気がどんなふうか見に行ったら、たぶん” Vestfirðir” か北の方に行くかな。
Jófríður: 散歩して、”Grapevine”ゴシップ雑誌を読んで、コンサートをたくさん見る。